英語とコミュニケーション能力の続きです。世界でコミュニケーションをする上で、英語が「流暢」である必要はないと私は思います。ブロークンEnglishがグローバル・デファクトといっている人も私の友人で何人かいますが、何しろ自分の主張、しっかりした内容があって、それを周囲と対話・議論できれば、それで道具としての言葉の役割は十分果たせると思います。
私の周囲にも、流暢ではない、発音が英語を母国語とする人とは程遠いけれども、内容がすばらしいため、どんな場でも周囲の尊敬を得られる人が何人かいます。(もちろんそれで流れるような英語が話せればもっと良いですが、これは必要条件ではありません)
また英語は道具だから何しろ「頻度」といいましたが、これは自分の経験から考えても、確かです。先週は前半マレーシアの会議にいっていましたし、その関連の朝食会などがあったため、英語で話すことが普通になっていました。しかし、週の後半は日本語での会議、講演、工場見学と質疑応答、企業のワークショップなど、日本語だけ!という生活だったので、今週の月曜日にBBCラジオの人が来てインタビューを受けた時に、英語が思うように出てこなくて、とても困りました。ラジオのインタビューだったので、なお大変でした。
いいたいことははっきりしているのですが、それにぴったりあった、簡潔な言葉や文章が出てこないので、何度も言い直したり、「あ!違った、もう一度いわせて」ということが続きました。週の前半に海外で話していた時は、4日連続でそうした会議や話が続いたこともあって、だんだんいいたいことがはっきりしたし、ポイントをついた言い方ができるようになっていたように感じていたので、これには自分でもがっくりしてしまいました。数日でも話さないと駄目なのだ!とわかったからです。
いかに毎日少しでも良いから英語を話す、聞く、(できれば書く)ことが大事か、再認識しました。
Author: ありゃ〜
研究室運営に参加する傍ら、
全く違った一面をひた隠し。